ずんこぶろぐ

『持続可能なプロデューサー活動で、アイドルマスターを通じて人生を豊かにする』をテーマに色々書いてます。 twitter: http://twitter.com/ohtsuki_zunko

祖父と私とテイエムオペラオーとウマ娘と

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※この文章はネットの片隅に昔書いた文章をもとに、『ウマ娘プリティーダービー』のリリースをきっかけにサルベージし、大幅に追記・再編集したものです。内容は全て自分の記憶をあてにしているので、正確性は全く保証できません。

ウマ娘 プリティーダービーがリリースされて、そういえばこういうことがあったなあと競馬好きだった祖父のことを思い出して色々書きました。この文章はお墓参りのタイミングか、10年後ぐらいにまた見返す予定です。

祖父と競馬とマークカードと

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8年ぐらい前に92歳で亡くなった祖父は晩年は病院で寝たきりだったが、それから4〜5年ぐらい前までの元気だった頃は、専ら競馬と駅伝のTV観戦が趣味だった。

特に競馬が好きで、自分の物心ついた頃から、祖父の机には競馬新聞とマークカードが積み上げられていたことは覚えている。

家に遊びに行くと、祖父は必ず1日じゅう競馬新聞を読んではボールペンで新聞に書き込んだり、マークしていた。おじいちゃんっ子だった自分はそんな祖父の隣で幼稚園児の頃からぼーっと一緒にテレビを見ていることが多かった。

祖父はとにかくテレビの音が嫌いで、競馬以外は駅伝とニュースを無音で見ていたのを覚えている。というより、テレビ自体あまり好きではなかったようで、競馬と駅伝とニュース以外のときはラジオで競馬を聞いていた。あと「民放はバカばっかりだ」みたいなことをよく言ってNHKしか見てなかったのは覚えている。

当時子供であった自分は競馬ばっかり流れているテレビに暇を感じることが多く、そんなときは祖父が読んでいる競馬新聞を横から覗くことも多かった。

競馬新聞を覗くと祖父にはとにかく絶対的な信頼を寄せていた予想師ととにかく嫌っていた予想師がいたようで、変なおじさんたちがやれ状態がどうとか、調教の様子がどうとか書いた文章が載っていた競馬新聞の予想コラムには祖父の手でボールペンで大きく丸がつけられているか、あるいは力強くバツがつけられていたのは覚えている。そして祖父はそれを読みながら馬券のマークカードを丁寧に塗っていく。

内容なんか自分が読んだって当然ちんぷんかんぷんではあったが、馬柱からミッキーとかいう文字を見つけて無理やりミッキーマウスを紐付けてやたらときめいたことはいつかあった気はする。ただ正直言ってあまり覚えていない。

そんなわけでそれを見ながら小さい自分は隣で白紙のマークカードに絵を描いて遊んだり、マネして適当にマークしてみたり、よくわからない競馬を仕方なく一緒に見ていた。

既にマークしてあるカードで、全部のマークが黒く塗られていないからと手に取ろうとしたら祖母に「それは触っちゃだめ」とやんわり怒られたこともある。「ちまちまと塗ってあるより、『万円』とか『30』とか書いてあるところもきれいに黒く塗ってあげたほうがかっこいいはずだ」と思って塗ろうとしたのである。数字は大きいほうがかっこいいので。

結局退屈になった自分は、持ってきたゲームボーイで第一世代のポケモン青をするなどしていた。

そして祖父はある程度マークカードを記入し終わると「散歩に行ってくる」とだけ言って出かけて、バスに乗って近くのWINSまで行き、馬券を買って帰ってくるのだった。

 

テイエムオペラオー?ポチとかタマじゃなくてなんでそんな名前?」

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祖父が買う馬券は子供の自分は見てもよくわからなかった。

単勝』だとか『ワイド』だとか『ボックス』だとか『ながし』だとか書いてあった気がするが、何もわからなかった。わかるわけがない。『ながし』とは『流しそうめん』のことかもしれないとは思っていたかもしれない。その程度の印象だったので正直言ってどんな馬券を買っていたのかすら覚えていない。

ただ、覚えていることはいつも単勝のときはだいたい右下に『100円』など安い金額しか書いていなかったことと、テイエムオペラオーと書いてあるものがやたら目についていた。

いや、テイエムオペラオー以外にも色々買っていたはずではあるのだが、テイエムオペラオーとかいうその名前の珍妙さが子供心ながらやたら印象に残っていた。

あと、

「どんな理由でこんな名前がつけられてたんだろうか」とか、
「なんでみんなこんな長ったらしい名前なんだろうか」とか、
「犬や猫にそんな名前をつける人なんていないんだから、ポチとかタマみたいにもっとカワイイ名前にすればいいのに」とか当時思ったことだけは覚えている。

シベリア抑留

本筋と離れてしまうが、上で色々書いたものの、正直なところ祖父について自分はおじいちゃんっ子だった割に上記の競馬のくだり以外の情報に乏しい。

祖父は今でも自分にとっては謎が多い。

シベリア抑留の数少ない生き残りだとか、東海の生まれだとか、色々言われていて、それらは全て確かであるらしいが、本人に聞いても「戦争は良くない、何も良くない」としか言わなかった。とにかく最期まで何も語らなかった。

ただ、内閣総理大臣の名前で戦時中の功績に対する感謝と労いの意が書かれた賞状を貰っていたのはわかっている。

そして、シベリアの生き残りゆえなのか、晩年を除けばまったくもって「死ぬ気配」を感じさせず、やたら身体は元気だった。(そんな元気な祖父を見ていたのと、おじいちゃんっ子だった自分は、祖父はずっと死なないというありえないことを心のどこかで思っていたので、死んだときは本当に辛かった)

祖母にも聞こうと思ったが、祖父が亡くなった直後に介護施設にてかろうじて「静岡出身」ということを聞き出せただけだった。その後祖母も徐々にぼけていき、間もなく亡くなった。親に聞くのもなんか恥ずかしいので結局今も何もわからない。

祖父がどこで産まれ、どういう経緯で入隊し、どこで戦って今に至るのか、どこかの公的機関なら知ってるかもしれないが、個人情報を盾に断られるような気もする。

(知れる方法や問い合わせ先をご存知でしたら誰か教えて下さい)

祖父が死んで3年後、自分も馬券を買う

話を戻し、時は変わって祖父が死んで3年後、初めて馬券を買った。その時買ったきっかけは大したことではなく、単に最近友達がやっているので、自分もやってみようという気持ちでJRAのウェブサイトを見るなどして独学で基礎を調べたところ、ものすごい少ない額でできる遊びであるということがわかったからだ。

そして即PATではなく、実物の紙の馬券を買ってやりたいと思い、いざ意気揚々と近くのWINSへ行き、スマホで馬柱を見ながら予想して、マークカードを取って記入した。

WINSという慣れない場所に立ち入った警戒心からか壁に背中を向け、財布をしっかりホールドし、他人と目を合わせないようマークカードを書いて、とりあえず手近なレースを予想して馬券を買った。

馬券を手にとって、あとはレースの展開を見守るだけ……と思ったその時気がついた。そういえばここは祖父が馬券を買っていた場所と同じではないか。祖父が散歩で馬券を買う場所と同じ場所で大人になった自分は今、馬券を買っている。同じ場所のWINSで、同じように。

祖父と違って読むものは競馬新聞ではなくスマホだし、予想の仕方は祖父と違ってなんとなく1番人気や◎がいっぱいついている馬に単勝で100円を突っ込むだけの手探り。レースの経過は自宅のテレビではなく帰宅途中に見るネットのストリーミングだが、決して欲張らず、どんなに自信があっても最低額しか賭けていないのは祖父と同じだ。

そして自宅で、結果の出たレースをスマホで確認した後、決して大きくない1枚だけの「単勝」と書いてある小さな当たり馬券を見て、多分、祖父はこの小さい喜びが楽しかったんだろなと考えていた。

……が、当時は正直競馬に関してそこまで関心がわかず、結局ちょっと遊んだだけで飽きてやめてしまった。楽しみ方がわからなくて……。

 

そして『ウマ娘 プリティーダービー』リリース

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2021年2月24日、ついに待ちに待った『ウマ娘 プリティーダービー』がリリースされた。

やってみたら本当に面白く、特にゴールドシップの言動が好きすぎてリリース以後ずっと遊んでいる。サクラバクシンオーでURAファイナルを初制覇もできた。

ウマ娘をやる前までは競走馬に関する知識は全く無かったので、全ての競馬知識はウマ娘経由だったのだが……。

へ~。このテイエムオペラオーって子好きだな、面白いし。推せそう。声優も徳井さんか。

 ……ん?テイエムオペラオー

いや名前ぐらいは聞いたことあるし有名な競走馬なのも知ってる。しかしそれ以外でどこかで聞いたような……?

あっ。死んだおじいちゃんの推しだった馬だ!!!

ここで全てが繋がった。

そう、結局自分は祖父が死んでもおじいちゃんっ子だったのである。

気がつけば自分は祖父が通っていたWINSで馬券を買い、祖父の推しだった馬に形は違えどウマ娘という形で興味を持つようになっていた。全然関係ないがそういえばテレビもNHKしか見てない。

要は自分も気がつけば祖父と同じ生き方をしているし、更に言えば世代を超えて同じような趣味を持ち、そこで推しができたというわけだ。ちょっと嬉しい。

……競馬とウマ娘はだいぶ違う気がするが。

 

おじいちゃんがもしも今も生きてて元気だったら自分はウマ娘を勧めてたのにな……いやでも生きてたら100歳オーバーか、さすがに無理だな……。仮に遊べたとしても多分おじいちゃんみたいなのは多分嫌うだろうな……。

 

なんやかんやで、そういうことを思い出して、おじいちゃんっ子でよかったなとか、祖父が自分に小さい頃からよく言い聞かせていた

「真面目にコツコツやっていれば結果はついてくる」などを思い出して、祖父のような生き方を心がけよう、と思った今日だった。

 
どうでもいい話

最後に買った馬券はバンナムフェスのときに「これで当たったら面白いよな」と適当な重賞っぽいレースをピックアップして8->7->6で買ったやつ。当然外れ。

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